ザマジンジャ
座間神社
お宮参り、七五三、結婚式など人生儀礼でのご祈祷は座間神社まで
神社
- 神社
- エリア
- 神奈川県座間市
- 最寄り駅
-
座間市役所から徒歩23分
小田急小田原線 座間駅 から徒歩2分
メッセージ
■由緒
「相模の飯綱さま」と親しまれている当神社の創祀は神代と云われていますが、一つは欽明天皇の御代(五三九~五七一)に、坐摩郷(座間の古名)に悪疫が流行した折に飯綱権現の化身である白衣の老人が現われ、崖下の森の中に湧く清水を使うようにすすめたので、村人がそのすすめに従ったところ、悪疫はやみました。そこで飯綱権現を祀ったというのです。
別の説(明治十二年編成皇国地誌)では、約八百年前の源頼朝が鎌倉へ幕府を開いたころ、悪疫が流行したした時に白衣の老人が来て、日本武尊を祀れば悪疫が治まると教えたので、日本武尊を祀ったといいますが、その時代は正和二年(一三一三)で、祭神は飯綱権現だという説もあります。
飯綱権現は、江戸時代には防火の神として信仰されていて(本来は伊勢の豊受大神と同じ食物の神様)、長野県の飯綱権現社が本社でした。座間神社と改めましたのは、明治九年で日本武尊が野火で攻撃された時、剱で草を刈って防いで勝ったという神話にもとづき、後世防火の神様ともされていましたので、明治時代になって村社とされるとき、同じくご利益のある日本武尊に祭神が改められました。正和二年、社殿を再建します。
この頃より武家の参詣が相次ぎまして、慶長七年(一六〇二)には領主内藤修理亮清成が一統を率いて参拝して武運長久、氏子の繁栄を祈られたという記録もあります。また、古くからこの地は、八王子街道の宿場街として栄え、ここを往来する人々、 また生糸を運ぶ車両の安全を祈念した人々で社頭が賑わいをみせたとも伝えられています。
「相模の飯綱さま」と親しまれている当神社の創祀は神代と云われていますが、一つは欽明天皇の御代(五三九~五七一)に、坐摩郷(座間の古名)に悪疫が流行した折に飯綱権現の化身である白衣の老人が現われ、崖下の森の中に湧く清水を使うようにすすめたので、村人がそのすすめに従ったところ、悪疫はやみました。そこで飯綱権現を祀ったというのです。
別の説(明治十二年編成皇国地誌)では、約八百年前の源頼朝が鎌倉へ幕府を開いたころ、悪疫が流行したした時に白衣の老人が来て、日本武尊を祀れば悪疫が治まると教えたので、日本武尊を祀ったといいますが、その時代は正和二年(一三一三)で、祭神は飯綱権現だという説もあります。
飯綱権現は、江戸時代には防火の神として信仰されていて(本来は伊勢の豊受大神と同じ食物の神様)、長野県の飯綱権現社が本社でした。座間神社と改めましたのは、明治九年で日本武尊が野火で攻撃された時、剱で草を刈って防いで勝ったという神話にもとづき、後世防火の神様ともされていましたので、明治時代になって村社とされるとき、同じくご利益のある日本武尊に祭神が改められました。正和二年、社殿を再建します。
この頃より武家の参詣が相次ぎまして、慶長七年(一六〇二)には領主内藤修理亮清成が一統を率いて参拝して武運長久、氏子の繁栄を祈られたという記録もあります。また、古くからこの地は、八王子街道の宿場街として栄え、ここを往来する人々、 また生糸を運ぶ車両の安全を祈念した人々で社頭が賑わいをみせたとも伝えられています。
座間神社の基本情報
スポット名 | 座間神社 |
---|---|
TEL | 046-251-0245 |
住所 |
〒252-0027 神奈川県座間市座間1-3437 |
営業日 |
|
HP | http://www.zamajinja.or.jp/ |
備考 | ■由緒 「相模の飯綱さま」と親しまれている当神社の創祀は神代と云われていますが、一つは欽明天皇の御代(五三九~五七一)に、坐摩郷(座間の古名)に悪疫が流行した折に飯綱権現の化身である白衣の老人が現われ、崖下の森の中に湧く清水を使うようにすすめたので、村人がそのすすめに従ったところ、悪疫はやみました。そこで飯綱権現を祀ったというのです。 別の説(明治十二年編成皇国地誌)では、約八百年前の源頼朝が鎌倉へ幕府を開いたころ、悪疫が流行したした時に白衣の老人が来て、日本武尊を祀れば悪疫が治まると教えたので、日本武尊を祀ったといいますが、その時代は正和二年(一三一三)で、祭神は飯綱権現だという説もあります。 飯綱権現は、江戸時代には防火の神として信仰されていて(本来は伊勢の豊受大神と同じ食物の神様)、長野県の飯綱権現社が本社でした。座間神社と改めましたのは、明治九年で日本武尊が野火で攻撃された時、剱で草を刈って防いで勝ったという神話にもとづき、後世防火の神様ともされていましたので、明治時代になって村社とされるとき、同じくご利益のある日本武尊に祭神が改められました。正和二年、社殿を再建します。 この頃より武家の参詣が相次ぎまして、慶長七年(一六〇二)には領主内藤修理亮清成が一統を率いて参拝して武運長久、氏子の繁栄を祈られたという記録もあります。また、古くからこの地は、八王子街道の宿場街として栄え、ここを往来する人々、 また生糸を運ぶ車両の安全を祈念した人々で社頭が賑わいをみせたとも伝えられています。【ご祈祷】 ■社殿祈願 ご家庭の節目の折に、またそれぞれの時々に応じてご参拝いただき、祈祷をお受けになられ、 清新な日々を送られますようご案内申し上げます。 受付時間 9:00~17:00(年中無休) 御初穂料 五千円・一万円・一万円以上とお分けしております。 ●人生儀礼 ・安産成就・初宮詣・七五三詣・十三詣り・誕生祝・成人祝・年祝い(還暦・喜寿等) ●厄除祓 ・厄年厄除・方位除・除災召福・災難除 ●諸祈願 ・病気平癒・交通安全・心身健康・学業成就・受験合格・就職成就・心願成就・旅行安全・家内安全・必勝祈願・御礼参り・その他諸祈願 ●会社関係 ・社運隆昌・業務安全・業務繁栄・商売繁盛 【霊祭】 祖霊社では、当神社で神葬祭を斎行された方々の御霊を奉斎しています。 毎朝日供祭を斎行し、御霊の慰霊と各家のご安泰・ご繁栄を祈念しています。 また各家の霊祭(年祭)等の祭事も随時執り行っています。 |