コマギ スワジンジャ
駒木 諏訪神社
流山・柏の両市をはじめ、下総一帯の神様として長い歴史を重ねてきました。
神社
- 神社
- エリア
- 千葉県流山市
- 最寄り駅
-
首都圏新都市鉄道つくばエクスプレス 流山おおたかの森駅 から車で7分
東武野田線 豊四季駅 から徒歩7分
~ようこそ、駒木の諏訪神社へ~
奈良の都に住んでいた大宮人により、いまから千二百年の昔、ここにお迎えされた諏訪神社は、流山・柏の両市をはじめ、下総一帯の神さまとして、長い歴史を重ねてきました。
諏訪神社の御創建は平安時代のはじめ、大和国から高市皇子の後裔となる部族たちが、新天地を求めてこの下総の大堀川のほとり、森も水も豊かな地で肥沃なこの地に移住し、田畑を墾き、農業を営んで集落を形成したときにさかのぼります。
西の都から移住してきた人々は、新しい土地の心のよりどころとして、その東漸の途次、信濃国諏訪大社より御神額をいただいてきました。これがここ諏訪神社の創めで、記録によると平城天皇の大同2年(807)のことでした。
いらい諏訪神社は住民の信仰の中心となり、深い親交に支えられて歩んできましたが、平成18年には御鎮座からちょうど1200年を迎えました。
ではなぜここに高市皇子の末裔たちは住み付く事になったのでしょうか。それにはすでに景行天皇(71~131)の御代に、束国には御諸別命が武将として派遣され、その末裔がこの地方に永住されていたので、それいらい、この地と大和地方とは交流が続き、下総地方のことが都にも良く知られていたことにもよるのでしょう。
後の天武天皇になられた大海人皇子の第一皇子にあたる高市皇子は、幼少の頃、大和の豪族・高市麻呂に養育され大きくなりました。高市麻呂は奈良の大神神社の祭祀者であり、大神神社が大国主命を祭る大切な神社であることから、そのお子様大国主命を祀る信州・諏訪大社とも深い縁があったと考えられます。高市皇子はまた、九州宗像族の総領宗像徳の娘を母として、出雲の一族とは深い関係にあります。その重なる縁が高市皇子の末裔たちが東国へ新天地を求めて移っていくに際して、大国主神を祀る大神神社から、お子様の健御名方其命を祀る諏訪大社が紹介され、一行は陸路 諏訪大社に詣って開拓の加護を祈り、神額を拝戴してここに神社を設けたことにつながったと思われます。
ではなぜ、都を後に高市皇子の後裔たちは下総に移住したのか。
それは壬申の乱の後、朝廷を取り巻く勢力の暗闘が絶えなかったことがあげられます。高市皇子はそれでも太政大臣の任を完うし、薨去の際にはあの万葉集に残る有名な長歌を残されたのですが、その第一皇子長屋王の時代になると、長屋王は英俊で、聖武天皇の御代には、左大臣にまでなり徳望篤い人でしたが、藤原氏の権力固めのために、長屋王には「謀反」の心があるとの讒言によって逮捕され、妻子ともども自尽させられる悲運にあいました。そのほかにも同じような事由から、一族には不幸なことが相次ぎました。そんな事で一族は、大和の地よりは争いのない新しい天地を求めて、そこで生活しようと揃って東に移住したものと考えられます。また、既に景行天皇(71~131)の御代に、東国には御諸別命が武将として派遣され、その後裔がこの地方に永住されており、それ以来この地と大和地方とは交流が続き、下総地方のことが都にも良く知られていたことにもよるのでしょう。
ではなぜ諏訪大神が、それは天武天皇(大海人皇子)の第一皇子にあたる高市皇子は、幼少の頃、大和の豪族・高市麻呂に養育され大きくなりました。高市麻呂は奈良の大神神社の祭祀者であり、大神神社が大国主命を祀る大切な神社であることから、そのお子様健御名方富神を祀る信州・諏訪大社とも深い縁があったと考えられます。高市皇子はまた、九州宗像族の総領宗像徳善の娘を母として、出雲の一族とは深い関係にあります。その重なる縁が高市皇子の後裔たちが東国へ新天地を求めて移っていくに際して、大国主神を祀る大神神社から、お子様の健御名方富命を祀る諏訪大社が紹介され、一行は陸路諏訪大社に詣って開拓の加護を祈り、神額を拝載してここに神社を設けたことにつながったと思われます。 以来諏訪神社は住民の信仰の中心となり、深い信仰に支えられて歩んできましたが、平成18年には御鎮座からちょうど千二百年を迎えました。
諏訪神社の御創建は平安時代のはじめ、大和国から高市皇子の後裔となる部族たちが、新天地を求めてこの下総の大堀川のほとり、森も水も豊かな地で肥沃なこの地に移住し、田畑を墾き、農業を営んで集落を形成したときにさかのぼります。
西の都から移住してきた人々は、新しい土地の心のよりどころとして、その東漸の途次、信濃国諏訪大社より御神額をいただいてきました。これがここ諏訪神社の創めで、記録によると平城天皇の大同2年(807)のことでした。
いらい諏訪神社は住民の信仰の中心となり、深い親交に支えられて歩んできましたが、平成18年には御鎮座からちょうど1200年を迎えました。
ではなぜここに高市皇子の末裔たちは住み付く事になったのでしょうか。それにはすでに景行天皇(71~131)の御代に、束国には御諸別命が武将として派遣され、その末裔がこの地方に永住されていたので、それいらい、この地と大和地方とは交流が続き、下総地方のことが都にも良く知られていたことにもよるのでしょう。
後の天武天皇になられた大海人皇子の第一皇子にあたる高市皇子は、幼少の頃、大和の豪族・高市麻呂に養育され大きくなりました。高市麻呂は奈良の大神神社の祭祀者であり、大神神社が大国主命を祭る大切な神社であることから、そのお子様大国主命を祀る信州・諏訪大社とも深い縁があったと考えられます。高市皇子はまた、九州宗像族の総領宗像徳の娘を母として、出雲の一族とは深い関係にあります。その重なる縁が高市皇子の末裔たちが東国へ新天地を求めて移っていくに際して、大国主神を祀る大神神社から、お子様の健御名方其命を祀る諏訪大社が紹介され、一行は陸路 諏訪大社に詣って開拓の加護を祈り、神額を拝戴してここに神社を設けたことにつながったと思われます。
ではなぜ、都を後に高市皇子の後裔たちは下総に移住したのか。
それは壬申の乱の後、朝廷を取り巻く勢力の暗闘が絶えなかったことがあげられます。高市皇子はそれでも太政大臣の任を完うし、薨去の際にはあの万葉集に残る有名な長歌を残されたのですが、その第一皇子長屋王の時代になると、長屋王は英俊で、聖武天皇の御代には、左大臣にまでなり徳望篤い人でしたが、藤原氏の権力固めのために、長屋王には「謀反」の心があるとの讒言によって逮捕され、妻子ともども自尽させられる悲運にあいました。そのほかにも同じような事由から、一族には不幸なことが相次ぎました。そんな事で一族は、大和の地よりは争いのない新しい天地を求めて、そこで生活しようと揃って東に移住したものと考えられます。また、既に景行天皇(71~131)の御代に、東国には御諸別命が武将として派遣され、その後裔がこの地方に永住されており、それ以来この地と大和地方とは交流が続き、下総地方のことが都にも良く知られていたことにもよるのでしょう。
ではなぜ諏訪大神が、それは天武天皇(大海人皇子)の第一皇子にあたる高市皇子は、幼少の頃、大和の豪族・高市麻呂に養育され大きくなりました。高市麻呂は奈良の大神神社の祭祀者であり、大神神社が大国主命を祀る大切な神社であることから、そのお子様健御名方富神を祀る信州・諏訪大社とも深い縁があったと考えられます。高市皇子はまた、九州宗像族の総領宗像徳善の娘を母として、出雲の一族とは深い関係にあります。その重なる縁が高市皇子の後裔たちが東国へ新天地を求めて移っていくに際して、大国主神を祀る大神神社から、お子様の健御名方富命を祀る諏訪大社が紹介され、一行は陸路諏訪大社に詣って開拓の加護を祈り、神額を拝載してここに神社を設けたことにつながったと思われます。 以来諏訪神社は住民の信仰の中心となり、深い信仰に支えられて歩んできましたが、平成18年には御鎮座からちょうど千二百年を迎えました。
年間行事■
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1月
1日
歳旦祭
3日
元始祭
15日
成人祭
20日
摂社姫宮神社例祭
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2月
節分の日 節分祭
11日 建国記念祭
17日 祈念祭
---------------------------------------------------------------
3月
春分の日 春季皇霊祭
25日 末社・天神社例祭
---------------------------------------------------------------
4月
23日 春祭
29日 昭和天皇祭
---------------------------------------------------------------
5月
4日 みどりの日祭
5日 こども祭
---------------------------------------------------------------
6月
30日 大祓式(夏越の祓)
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7月
14日 御涼祭
---------------------------------------------------------------
8月
22日 大祭神幸祭
23日 例祭式
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9月
15日 敬老長寿祭
秋分の日 秋季皇霊祭
---------------------------------------------------------------
10月 17日 神嘗奉祝祭
---------------------------------------------------------------
11月
3日 明治天皇祭(文化の日)
23日 新嘗祭(秋祭)
この月中七五三詣祭
---------------------------------------------------------------
12月
23日 天皇誕生祭
31日 大祓式(茅の輪神事)
除夜祭
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毎月
1日
15日 月次祭
23日
■節分祭
■例大祭
・8月22日 神幸祭、午後1時に発輿祭、子供神輿18時、大人神輿21時還幸祭があります。
・8月23日 例祭 献幣使参向、盛大に齋行されます。
※22日(約80軒)、23日(約15軒)の両日とも露店が出ます。また22日は神幸祭のため、午後7時から9時まで交通規制があります。
■祈願
・神社は、社殿の荘厳と社殿の清明、そして祭典の厳修が肝要である。
当神社に於いては如何なる祭典も、二名以上にて御奉仕、中執持として誠実これに徹することを旨とする。
・神社は現実の信仰を重んじる。
従って世の道理に反することのない、諸願祈祷は一切これをお受けし執り行う。
例えば安産・初宮詣・七五三詣の諸祭から子供の成育はもとより、家内安全・健康守護・身上安全・良縁祈願・除災招福・厄除祈祷・交通安全・旅行安全・留学安全・十三詣・敬愛守護・五穀豊穣・産業繁栄・商売繁盛・合格祈願・開業、開店祈願・方除祈願・学業成就・工事安全・地鎮祈祷・改装清祓・その他個人、社会一切の平安隆昌の諸祭を斎行致します。
御祈祷は、午前9時~午後4時まで毎日随時お受け致しております。また、秋は毎日七五三詣(11月1日~15日の間の土・日は午前8時~午後5時と受付時間を延長しております。)も随時お受け致しております。予約は必要と致しませんので、ご都合の良いときに直接お越し下さい。
■大祓式
日本人は、平安の昔から各地の神社で青い茅で輪をつくって神前に設け、これをくぐることによって身の穢(けが)れを祓い去り無病息災・招福を祈りました。
流山を第二の故郷とした一茶は、 「母の分も 一つくぐる 茅の輪かな」 という句を詠んでいます。
大祓式は、6月30日、12月31日の夕方4時より執り行います。
尚、祓具として用いる人形(ひとがた)は社務所にご用意しておりますので、お受けになられまして大祓式当日の夕方4時前までに社務所にお持ち下さい。
■出張祭典
地鎮祭・上棟祭・竣工祭・御井奉埋祭・室屋解体清祓・開所清祓・開店清祓・入居清祓・改築、改修清祓・工事安全など、その他お申し越しに随ってお受け致します。
あらかじめご予約をいただきます。
1月
1日
歳旦祭
3日
元始祭
15日
成人祭
20日
摂社姫宮神社例祭
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2月
節分の日 節分祭
11日 建国記念祭
17日 祈念祭
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3月
春分の日 春季皇霊祭
25日 末社・天神社例祭
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4月
23日 春祭
29日 昭和天皇祭
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5月
4日 みどりの日祭
5日 こども祭
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6月
30日 大祓式(夏越の祓)
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7月
14日 御涼祭
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8月
22日 大祭神幸祭
23日 例祭式
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9月
15日 敬老長寿祭
秋分の日 秋季皇霊祭
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10月 17日 神嘗奉祝祭
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11月
3日 明治天皇祭(文化の日)
23日 新嘗祭(秋祭)
この月中七五三詣祭
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12月
23日 天皇誕生祭
31日 大祓式(茅の輪神事)
除夜祭
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毎月
1日
15日 月次祭
23日
■節分祭
■例大祭
・8月22日 神幸祭、午後1時に発輿祭、子供神輿18時、大人神輿21時還幸祭があります。
・8月23日 例祭 献幣使参向、盛大に齋行されます。
※22日(約80軒)、23日(約15軒)の両日とも露店が出ます。また22日は神幸祭のため、午後7時から9時まで交通規制があります。
■祈願
・神社は、社殿の荘厳と社殿の清明、そして祭典の厳修が肝要である。
当神社に於いては如何なる祭典も、二名以上にて御奉仕、中執持として誠実これに徹することを旨とする。
・神社は現実の信仰を重んじる。
従って世の道理に反することのない、諸願祈祷は一切これをお受けし執り行う。
例えば安産・初宮詣・七五三詣の諸祭から子供の成育はもとより、家内安全・健康守護・身上安全・良縁祈願・除災招福・厄除祈祷・交通安全・旅行安全・留学安全・十三詣・敬愛守護・五穀豊穣・産業繁栄・商売繁盛・合格祈願・開業、開店祈願・方除祈願・学業成就・工事安全・地鎮祈祷・改装清祓・その他個人、社会一切の平安隆昌の諸祭を斎行致します。
御祈祷は、午前9時~午後4時まで毎日随時お受け致しております。また、秋は毎日七五三詣(11月1日~15日の間の土・日は午前8時~午後5時と受付時間を延長しております。)も随時お受け致しております。予約は必要と致しませんので、ご都合の良いときに直接お越し下さい。
■大祓式
日本人は、平安の昔から各地の神社で青い茅で輪をつくって神前に設け、これをくぐることによって身の穢(けが)れを祓い去り無病息災・招福を祈りました。
流山を第二の故郷とした一茶は、 「母の分も 一つくぐる 茅の輪かな」 という句を詠んでいます。
大祓式は、6月30日、12月31日の夕方4時より執り行います。
尚、祓具として用いる人形(ひとがた)は社務所にご用意しておりますので、お受けになられまして大祓式当日の夕方4時前までに社務所にお持ち下さい。
■出張祭典
地鎮祭・上棟祭・竣工祭・御井奉埋祭・室屋解体清祓・開所清祓・開店清祓・入居清祓・改築、改修清祓・工事安全など、その他お申し越しに随ってお受け致します。
あらかじめご予約をいただきます。
駒木 諏訪神社の基本情報
スポット名 | 駒木 諏訪神社 |
---|---|
TEL | 04-7154-7377 |
住所 |
〒270-0132 千葉県流山市駒木655 |
営業日 |
|
HP | http://www.suwano-mori.com/ |