カンコウジ
関興寺
味噌なめたか 関興寺
寺院
- 仏教寺院
- エリア
- 新潟県南魚沼市
- 最寄り駅
-
JR上越新幹線・上越線 越後湯沢駅 からタクシーで10分、路線バスで15分
JR上越線 石打駅 からタクシーで5分
歴史
【関東管領上杉家・上田長尾家 ゆかりの禅寺】
大本山円覚寺百観音霊場第五十一番札所
魚沼観音霊場第二十一番札所
【歴当山は最上山関興寺といい、宗旨は臨済宗(禅宗)で鎌倉の円覚寺派に属す。本尊は釈迦牟尼佛。】
開創は応永17年(1410年)で覚翁祖伝和尚が開基す。覚翁は上杉憲顕の子。駿河に生まれ、諸方を歴参後、白崖宝生和尚に参じて嗣法、上山の地に一宇を建て、白崖和尚を請じて開山とし自らその次位となる。以来関東管領上杉家菩提寺として法灯は栄え、二世不蔵和尚の頃上田長尾氏、鎌倉公方足利持氏の帰依厚く、永享8年(1436年)寺領永楽百二十貫文並びに、境内山林一里余りの御朱印地を給せらる。三世在天和尚に至り長尾房景及び上杉房定伽藍を修築し、幾多の寄進を受け、法道もまた興隆する。永正9年(1512年)兵火のため諸堂焼失、翌10年長尾房長僧堂を建立、天正6年(1578年)上杉氏家督相続争乱(御館の乱)により一山焼土と化す。天正14年(1586年)上杉景勝諸堂再建旧に復したが、文禄3年(1594年)祝融の災に遇う。寺運次第に衰退して振わず、慶長5年(1600年)上杉景勝米沢に移封されるや、第三十二世東岩和尚これに従い米沢に新たに関興庵を建立した。寛永6年(1629年)4度目の火災により、寺門の衰退はその極に達した。寛文年中に米沢の地より現在地(南魚沼市上野)に寺を再興し、万源和尚(米沢藩主上杉定勝公指南、のちの建長寺185世住持)をむかえ、末寺嘉祥庵を改め関興寺となした。その後漸く寺運回復し、徳川幕府より十萬石格別格本山としての格式を受け繁栄、修行僧は三百人を超え甲信越における臨済宗の一大禅道場としてその名を広めた。近年では、第五十四世毒狼窟古川堯道老師は円覚寺派管長、第五十六世雲関窟釋大眉老師は国泰寺派管長にそれぞれ就任されている。
大本山円覚寺百観音霊場第五十一番札所
魚沼観音霊場第二十一番札所
【歴当山は最上山関興寺といい、宗旨は臨済宗(禅宗)で鎌倉の円覚寺派に属す。本尊は釈迦牟尼佛。】
開創は応永17年(1410年)で覚翁祖伝和尚が開基す。覚翁は上杉憲顕の子。駿河に生まれ、諸方を歴参後、白崖宝生和尚に参じて嗣法、上山の地に一宇を建て、白崖和尚を請じて開山とし自らその次位となる。以来関東管領上杉家菩提寺として法灯は栄え、二世不蔵和尚の頃上田長尾氏、鎌倉公方足利持氏の帰依厚く、永享8年(1436年)寺領永楽百二十貫文並びに、境内山林一里余りの御朱印地を給せらる。三世在天和尚に至り長尾房景及び上杉房定伽藍を修築し、幾多の寄進を受け、法道もまた興隆する。永正9年(1512年)兵火のため諸堂焼失、翌10年長尾房長僧堂を建立、天正6年(1578年)上杉氏家督相続争乱(御館の乱)により一山焼土と化す。天正14年(1586年)上杉景勝諸堂再建旧に復したが、文禄3年(1594年)祝融の災に遇う。寺運次第に衰退して振わず、慶長5年(1600年)上杉景勝米沢に移封されるや、第三十二世東岩和尚これに従い米沢に新たに関興庵を建立した。寛永6年(1629年)4度目の火災により、寺門の衰退はその極に達した。寛文年中に米沢の地より現在地(南魚沼市上野)に寺を再興し、万源和尚(米沢藩主上杉定勝公指南、のちの建長寺185世住持)をむかえ、末寺嘉祥庵を改め関興寺となした。その後漸く寺運回復し、徳川幕府より十萬石格別格本山としての格式を受け繁栄、修行僧は三百人を超え甲信越における臨済宗の一大禅道場としてその名を広めた。近年では、第五十四世毒狼窟古川堯道老師は円覚寺派管長、第五十六世雲関窟釋大眉老師は国泰寺派管長にそれぞれ就任されている。
拝観案内
【総門(黒門) 江戸時代中期】
関ヶ原合戦後、大檀越・上杉景勝公の米沢移封の為、庇護を失った越後関興寺は一時衰退するがそれを憂いだ景勝公の命により、米沢藩・二代藩主定勝公指南役・萬源恵祥禅師(ばんげんえしょうぜんじ・鎌倉建長寺第一八五世住持)が米沢関興庵から越後関興寺第三七世に住持するや、ご朱印地を与えられるなど徳川幕府より篤い庇護を受け、十万石の格式を授かるまでに法灯が復興した。関興寺の総門は、別名・黒門と呼ばれており、約三百年ほど前に建立された門で安房勝山藩・酒井家(徳川家譜代大名)白川陣屋代官・下田家の屋敷門だったものを平成二十一年八月に移築したものである。構造および形式は一重、移築前は切妻造り方出番所附、総本瓦葺き、方潜門で、門戸桁行7間、奥行き2間半、中央4間に門扉を設け、両側各一間半は漆喰・板壁作り。左側に門番の詰所があることから、武家屋敷の風格がとてもよく感じられ、簡素ではあるが使われている素材が大きく門扉は欅の一枚板で造られていることなどは、徳川家譜代大名である酒井家重臣・下田家の格式の高さをよく表している。また、この門は「忠臣蔵」で有名な赤穂浪士・堀部安兵衛(ほりべやすべえ)にゆかりがあり、屋敷の書院・庭園は群馬県の重要文化財(昭和四十八年八月二十一日)に指定されており、特に庭園は堀部安兵衛が自ら設計・作庭したと伝えられている。
【三門 寛政年間】
三門とは、仏道修行で悟りに至る為に透過しなければならない三つの関門を表す、「空・無相・無作」の三解脱門を略した呼称。
貧・瞋・痴の三毒を解脱する境界の門とされる場合もあり、禅宗七堂伽藍(三門、仏殿、法堂、禅堂、庫裡、東司、浴堂)の中の一つである。
構造は四脚門で門柱の前後に控柱を二本ずつ、左右合わせて四本立てた造りで、重要文化財として残る日本の門の建築様式の中では最も多い構造であり、正面に配されることの多い格式の高い門とされる。この三門は、関興寺の建築物では最も古く、元禄年間建立の三百年以上経過したもので、長年の厳しい風雪によって垂木などが損傷が著しいが、木鼻、蟇股等の様式が江戸時代中期頃の代表的な特徴をよく備えており、関興寺が徳川幕府から十万石の格式を与えられた歴史を現在に伝える貴重な建築物である。中央に掲げてある「関興」の額は、第五十七世住職中野五葉和尚揮毫彫刻によるものである。
関ヶ原合戦後、大檀越・上杉景勝公の米沢移封の為、庇護を失った越後関興寺は一時衰退するがそれを憂いだ景勝公の命により、米沢藩・二代藩主定勝公指南役・萬源恵祥禅師(ばんげんえしょうぜんじ・鎌倉建長寺第一八五世住持)が米沢関興庵から越後関興寺第三七世に住持するや、ご朱印地を与えられるなど徳川幕府より篤い庇護を受け、十万石の格式を授かるまでに法灯が復興した。関興寺の総門は、別名・黒門と呼ばれており、約三百年ほど前に建立された門で安房勝山藩・酒井家(徳川家譜代大名)白川陣屋代官・下田家の屋敷門だったものを平成二十一年八月に移築したものである。構造および形式は一重、移築前は切妻造り方出番所附、総本瓦葺き、方潜門で、門戸桁行7間、奥行き2間半、中央4間に門扉を設け、両側各一間半は漆喰・板壁作り。左側に門番の詰所があることから、武家屋敷の風格がとてもよく感じられ、簡素ではあるが使われている素材が大きく門扉は欅の一枚板で造られていることなどは、徳川家譜代大名である酒井家重臣・下田家の格式の高さをよく表している。また、この門は「忠臣蔵」で有名な赤穂浪士・堀部安兵衛(ほりべやすべえ)にゆかりがあり、屋敷の書院・庭園は群馬県の重要文化財(昭和四十八年八月二十一日)に指定されており、特に庭園は堀部安兵衛が自ら設計・作庭したと伝えられている。
【三門 寛政年間】
三門とは、仏道修行で悟りに至る為に透過しなければならない三つの関門を表す、「空・無相・無作」の三解脱門を略した呼称。
貧・瞋・痴の三毒を解脱する境界の門とされる場合もあり、禅宗七堂伽藍(三門、仏殿、法堂、禅堂、庫裡、東司、浴堂)の中の一つである。
構造は四脚門で門柱の前後に控柱を二本ずつ、左右合わせて四本立てた造りで、重要文化財として残る日本の門の建築様式の中では最も多い構造であり、正面に配されることの多い格式の高い門とされる。この三門は、関興寺の建築物では最も古く、元禄年間建立の三百年以上経過したもので、長年の厳しい風雪によって垂木などが損傷が著しいが、木鼻、蟇股等の様式が江戸時代中期頃の代表的な特徴をよく備えており、関興寺が徳川幕府から十万石の格式を与えられた歴史を現在に伝える貴重な建築物である。中央に掲げてある「関興」の額は、第五十七世住職中野五葉和尚揮毫彫刻によるものである。
(坐禅会)
●定例坐禅会
<参加費無料>
*期間・・・4月~11月 第1・3日曜日:早朝5:00より1時間程度
*内容・・・読経、法話、座禅(終わってお茶会)
*服装・・・坐禅をしやすいもの(トレーニングウェア等)
※実施日は寺の行事によって変更もありますので事前に電話にてお問合せください。
★初めての方でもご指導いたしますので、どなたでも簡単に参加できます。奮っておいでください。
★定例坐禅会のほか、企業研修や団体(学校・クラブ・社会人一般など)の申し込みも受け付けています。日時や人数、時間など気軽にご相談ください。
*第2・4水曜日/19:00~20:00 ※初回参加者は要連絡
随処に主となれば 立処みな真なり・・・臨済禅師
日常の生活のなかで、つい目先のことに追われて自分を見失ったりしていませんか?つい必要以上に欲を出して物事に失敗したり、些細なことで他人と争ってしまったり、他人の成功をうらましがり、自分のことには常に不満をいだいて、場合によっては人に八つ当たりしてしまう・・・これらは、まさに「自分」を見失っている証拠。そんな時は、背筋を伸ばし、呼吸を整えて静かに坐ってみてください。大自然(大宇宙)の中の自己、自分が見失ってしまっている本来の姿が、きっと見えてきます。本当の自分が見えたとき、全てが明らか見えてくるのです。「本当の自分さがし」してみませんか?
●坐禅体験
※事前に申込みして頂ければ1人500円で体験できます写経と坐禅・・・1500円
※抹茶と坐禅と写経・・・1800円
静かな禅寺・・・味わってみませんか?(最大200人まで可能、ご家族でもどうぞ)
<参加費無料>
*期間・・・4月~11月 第1・3日曜日:早朝5:00より1時間程度
*内容・・・読経、法話、座禅(終わってお茶会)
*服装・・・坐禅をしやすいもの(トレーニングウェア等)
※実施日は寺の行事によって変更もありますので事前に電話にてお問合せください。
★初めての方でもご指導いたしますので、どなたでも簡単に参加できます。奮っておいでください。
★定例坐禅会のほか、企業研修や団体(学校・クラブ・社会人一般など)の申し込みも受け付けています。日時や人数、時間など気軽にご相談ください。
*第2・4水曜日/19:00~20:00 ※初回参加者は要連絡
随処に主となれば 立処みな真なり・・・臨済禅師
日常の生活のなかで、つい目先のことに追われて自分を見失ったりしていませんか?つい必要以上に欲を出して物事に失敗したり、些細なことで他人と争ってしまったり、他人の成功をうらましがり、自分のことには常に不満をいだいて、場合によっては人に八つ当たりしてしまう・・・これらは、まさに「自分」を見失っている証拠。そんな時は、背筋を伸ばし、呼吸を整えて静かに坐ってみてください。大自然(大宇宙)の中の自己、自分が見失ってしまっている本来の姿が、きっと見えてきます。本当の自分が見えたとき、全てが明らか見えてくるのです。「本当の自分さがし」してみませんか?
●坐禅体験
※事前に申込みして頂ければ1人500円で体験できます写経と坐禅・・・1500円
※抹茶と坐禅と写経・・・1800円
静かな禅寺・・・味わってみませんか?(最大200人まで可能、ご家族でもどうぞ)
関興寺の基本情報
スポット名 | 関興寺 |
---|---|
TEL | 025-783-2111 |
住所 |
〒949-6373 新潟県南魚沼市上野267 |
営業日 |
|
blog | http://gray.ap.teacup.com/kankouji/ |